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名人が5人いれば5人ともやり方が違う

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 指南書などを読んいると、蕎麦打ち名人が5人いれば、5人ともやり方が違っていることに気が付く。打ち方も違えば、汁取りの方法、細かく言えば盛り付けとか付ける薬味の種類も違う。いくつかの基本はそれほど変わらいと思うけれど、そこを超えた部分の違いは決して小さくない。これは他の料理でもそうなんだろうと思う。例えば天ぷらは素材によって170℃~190℃で揚げると大抵の本に書いてあるが、”和食の神様”と今も崇められる方は、その古典的名著とされる著作で、200℃と。
 これも考えようである。180℃で2分揚げるのを200℃で1分半にすればもっとおいしい、となるのかも知れない。(一方で200℃だと野菜はこげないかなとも思うけれど、神様と呼ばれた方に疑念を差し挟む余地などない。)

2016年03月15日

春到来

テレビニュースによれば、桜が満開になったところがあちこちあるらしい。日本人の多くは桜が大好き、もちろん私も桜便りが気になる一人。梅が咲いてもそれ程にはないのに、桜は咲く前から気になって仕方ない。

「梅は一、二輪咲いた頃が見ごろ、満開になった梅なんてどうでもよい、桜は5分咲きくらいからが良くて、やはり圧巻は満開」と誰かが言ったが、私もそう思う。
私は夜桜が好き、三島大社は夜桜も素晴らしいので毎年出かけている。多分週明けが見ごろでしょう。

2016年03月31日

添加物不使用について

化学調味料を使わない理由は、必要ないと思うから。食材の持つ自然な風味を大切にしたい。保存料についても同様で、食べものは時間がたつと傷んでダメになる。それは当然で仕方のないこと。たとえ天然のものでも、着色料に私は何の魅力も感じない。自然の色を損なうから。
このような「こだわり」をもつ飲食店は、静岡県の東部でもいくつもある。当店よりもはるかにシビアにこだわって、野菜はすべて有機農法の自家栽培という店もあれば、食材としてのハムなどの加工食品も、自分でつくるという店、熱源も薪や炭火を多用し、電子レンジやIHヒーターは不使用という店もある。(ついでにいうと、当然ながらこのような店の主は、ウラで営業時間の何倍も仕事をすることになる。)そんな店で出される料理はどれもおいしい。
穴居人や縄文人のほうが、現代人よりも美味を楽しんでいたかも、と思うのは私だけだろうか。

2016年04月08日

ハルシメジ

ハルジオンが咲き出すころ、バラ科の樹下にハルシメジが顔を出す。今年もいくつかのシロ(菌類が発生するところ)を巡って、まぁまぁの収穫量を上げることができた。でも例年、小型だけれど数多く発生するカイドウ(ハナカイドウかも)の下には今年はなかった。ちょっと不思議。ハルシメジは少し癖のある小麦粉のような匂いがあるために好き嫌いが分かれるが、独特のうまみが歯切れの良さと相俟ってなかなか良い食菌である。もう20年くらいこの季節の自然の恵みを有難く頂いている。ついでに言うと、春のキノコは5月の頃、雨上がりのキクラゲと山登りする必要があるがヒラタケ。夏は夏でいくつかあるけれど、低山は蒸し暑くてもう行かなくなって久しい。

2016年04月20日

富士山

私は富士山が大好きである。生まれは広島県は尾道市の山奥、当時は御調郡(みつぎぐん)といった。育ちは瀬戸内のとある島で、つまり生粋の田舎者。高校を卒業するころたまたま目にした一枚の写真、若者がビルの屋上に何人かいてその向こうにそびえたつ富士山。たったそれだけで、親戚どころか知り合いさえいない静岡にやってきた。いわゆる高度成長時代が始まるあの頃は、どこでどう転んでも飢え死になんかしないといういい時代。「人間いたるところ青山あり」、私に大志というほどのものはなかったが、それでも私なりの希望はあった。
かの山には厳冬期を除いて20回くらい登った。標高2000メートルくらいの原生林を彷徨うのが大好きで、朝4時起きで500回くらい歩き回った。今も富士山が見えると嬉しくて仕方ない。列車に乗っていて車窓から富士山が見えると運がいいなと思う。そんな時スマホをいじっていたり、ましてや居眠りなどしている人がいると、なぜこれほどの絶景を見逃すのかと不思議でならない。もっともこんなことを思う私のほうが余程の変わり者で、向こうからすると不思議な輩だろう、きっと。
それから数十年がたち、富士山が見えるところで蕎麦屋になった。お客様がいらっしゃるとつい「今日は富士山が見えます。」でも大抵は地元の人で、珍しくもない景色だがら、こんなことをわざわざいうのは止めたほうがいいのだろう。でもつい言ってしまうのである。

2016年05月16日

店主の特技

私にはこれといって人に誇れるものはないが、まぁ何とか特技といえるものがある。それは茸(きのこ)採りである。山の茸が食か毒かまたは食毒不明か、また無毒でも美味なのか、イマイチか、それとも不味かったり臭かったりするのかを、百数十種くらいについて知っている。またどの山のどのあたり(南斜面か北斜面か、広葉樹林か針葉樹林かなど)に、いつ頃行ったら何が採れるかも、長年通ったのである程度推測できる。大抵はハズレてがっかりするけれど。
日本列島は亜熱帯から温帯、亜寒帯と縦に長く、従って植生、特に森林相が多様で、木の子すなわち茸も多様である。学者によれば日本には5千から1万種も菌類が生息しているらしい。ただこの国の菌学の歴史は比較的浅いと言われていて、毒菌が新たに「発見」されたり、食毒表記も本により異なっていたりする。いままで食菌だったものがいきなり猛毒菌に分類されている!なんてこともある。だから知識のアップデイトは欠かせない。
四半世紀くらい茸狩りを嗜んできたが、今私が鑑定できるのは200種を切っているだろう。新しく覚えようという意欲は衰退し、記憶の減退もあって、かつてよりその数は少ない。でも今まで中ったことはないし、時期になると友人や知り合いに鑑定を頼まれるが、結構慎重にやるので中ったという人はいない(ハズ)。
見分けの際「これは多分大丈夫」はとても危険、眼の前の茸を図鑑の写真と見比べて「きっとこれだね。美味しいって書いてある」という人は、遠からず中る。
もうこの頃はあれこれ試したりせず、籠に入れる種類はほぼ決まっている。今後能力の衰えは加速するだけだから、ガードが甘くなれば私もいつか中る。いつまでも続けられる「特技」ではない。
私の選ぶ静岡県東部地域の野生茸の味覚トップテンは、マツタケ、ホンシメジ、ハタケシメジ、キツブナラタケ、チャナメツムタケ、ホウキタケ、オオツガタケ、クリフウセンタケ、ヤマドリタケ(モドキ)そしてアカモミタケである。この中で鑑定が難しいのはホウキタケ、採るのが難しいのは、今や希少種(絶滅危惧種かも)のマツタケ、次いでホンシメジとヤマドリタケモドキ。美味とされる天然のマイタケには、私自身は一度も出会ったことがない。因みに街道筋の露店で売っている、落ち葉などがこびりついたマイタケは、大抵が裏山での栽培品。
植物でも動物でもない茸は、どちらかというと調理方法を選ぶ食材。またマツタケほどの茸ならディナーの主役を務められるが、他の殆どは脇役で持ち味を発揮する。蕎麦には相性がいいと思う。蕎麦自体が控えめな食材だから、多分。

2016年05月18日

猫越岳(ねっこだけ)

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山仲間の先輩達と伊豆半島真ん中辺の猫越岳に登ってきた。といっても登山口である仁科峠からの標高差は大したことはなく、ハイキングくらいのコース。ゴールは手引頭(てびきがしら)というなだらかなブナ林で、そこにひっそりと咲くアマギシャクナゲを見るのも目的。先輩達は伊豆の山に本当に詳しく、道すがら植物のことなども色々と教えてくれた。こういう山登りは楽しい。
手引頭というところは地図にもなく、メンバーのだれも行ったことがなかったが、さすが山のベテラン、先頭を行くリーダーが、誰かが作ってブラ下げた小さな表示板を見つけて無事到達。少し離れたところに人知れず咲くシャクナゲを見つけて皆歓声を上げた。
晴れて好天だったけれど、終日他の登山者には会わなかった。遠くから届くツツドリやジュウイチの長閑な声が私の耳をそばだたせた。近くではコルリやミソサザイがさえずり、ちゃんと今年も渡ってきたことが嬉しい。ウグイスは特に多く、オスが1分くらい見事に一気に鳴き続ける、鳥は息継ぎはしなくてもいいのだろうか、さすが日本三鳴鳥。
ブナに交じって他の樹種も大きかったが、驚いたのはコシアブラ、直径は5~60cmくらいでブナに負けない高さがあり、私は全く分からなかった。木に詳しい先輩も初めは、何だろう?だった。新芽を天ぷらにしたら軽く数千人分ありそうだ。
帰り道、後藤山という小高い丘のてっぺんには、大きな岩が乗っかっていて、写真を撮ろうと攀じてみるとくぼみがあり、その小さな水たまりにうじゃうじゃとオタマジャクシが黒く群がってうごめいていた。どうして陽射しを遮るものが何もないこんなところに?同行の一人が、「天気がいいから、明日か明後日には水は蒸発して全滅する!」と言って、ザックの中から出したペットボトルの水を流し込んだ。これでもう一日くらいは生き延びるかもと思ったが、仁科峠に帰着して振り返ると、その岩の上にカラスが来ていた。あぁ、でもこれが自然。

2016年05月25日

英国のEU離脱

世界中が注視した英国の国民投票、多くの人は楽観していたのでは。実を言うと、まさか離脱なんてと私も何となく思っていた。すごいことになったと,国際情勢や経済に疎い私でさえ思う。私は英国にというか、どちらかというとその言語、英語に若いころ非常な憧れを持っていた一人。だから国民投票にはとても関心があったし、結果が報じられたときは衝撃だった。
英国とは即ちイングランドと誤解している人がいるかもしれないが、英国とはイングランド、スコットランド、ウェールズそして北アイルランドが連合した国。王室があり、王が君臨するので連合王国である。現在の王はもちろんエリザベス女王。
それぞれはかなり独自性が強く、というより独立国に近い。どれくらいのスコットランド人が、連合王国の盟主的なイングランドを快く思っていないかは私にはわからないが、この二つの国は永らく時に戦火を交えて領土や覇権争いをしていた。大抵はイングランドが優勢だったけれど、スコットランドも時々は勝利していたのだから、スコットランドは隷属させられたとは言えないだろうが、やはり「臣従」させられた、くらいは言えるのでは?
それぞれの中央銀行は独自に通貨を発行しているし、ワールドカップにも連合王国としての代表ではなく、イングランド代表とか、スコットランド代表で出てくる。とにかくスコットランドとイングランドは仲が必ずしも良くない。ところでもっと仲が悪いのは北アイルランドだろう。かつてこの国にはIRAという武装集団があって、ロンドンなどで自動車爆弾を仕掛けてテロを行っていた。これはイングランドの「圧政」を敵視していたのが理由だとは言い切れなく、北アイルランド国内でのカソリックとプロテスタントの宗教的な対立が根深かったようである。
メディアは、いずれスコットランドと北アイルランドは、連合王国からの離脱の是非を国民投票で決めるなどと報じている。この二つの国民はEU残留派が多かったようで、彼らはEUを離脱する連合王国の一員ではなく、ヨーロッパの一員、つまりEUの一員であり続けたいと主張し始めているとか。そうなれば連合王国、英国は終焉する。もし連合王国が崩壊し、残ったイングランドとウェールズが、EUから除け者にされるようなら、その結果起こる混乱はすさまじいことになるだろう。
さて今私が思うこと、どうして連合王国政府は国民投票を実施したのだろう?もうひとつ、難民や移民の流入はEUを離脱してまでも防ぎたいほど深刻なのか?

2016年06月27日

トコブシ

コース料理の食材にトコブシを使ってみた。今まで何気なく見ていたものだが、改めてその殻を見ると、棲んでいる岩場と同じような色をしており、表は海藻やフジツボがこびり付いてとても地味である。一方その裏側、身の入っているほうは妖しく光り輝き、見惚れてしまうほどに美しい。トコブシ、それからアワビや一部の巻貝、例えば沖縄で見た夜光貝などもどうしてこれほどまでに、と思うほど内側が美麗である。
それで思った。彼らは表こそ地味だが、内側を類まれな美に仕上げた自前の「宮殿」に棲んでいるのだと。彼らは宮殿ごと岩場を移動する。この宮殿は彼らが日夜その身をくねらせこすって磨き仕上げたものなのだろう。
植物も中には地味なのもあるが、大抵は立派で、季節が来ると美しい花を咲かせる。また動物界でも昆虫、魚、鳥、哺乳類、両生類、皆それぞれ美しい。キノコにも非常に美しいものがあるが、先日みた粘菌類の写真集、どの種も「何とかホコリ」という名がついており、響きから感じられるイメージはいまいちだが、その姿は実にファンタスティック、参った。今まで知らなかった。
生きているものは美しい。みな自分の姿を美しく見せる。だからこの世は美で満ち溢れている。みな自分の姿を見て、美しく装ったことに満足しているに違いない。一方トコブシは仮にどんなに外側を美しくしても、うっかりその身を乗り出そうものなら、自分よりはるかに俊敏な魚たちに食われてしまう。だから、ずっと内側に留まるしかなく、生涯自分の外見を見ることはできない。それで代わりに内側を磨き上げたのかも知れない。そして命が潰えたとき、海底に「どうだ」とばかりその美をさらすのか。

2016年07月26日

日本の景色は美しいか

ヨーロッパの都市の街並みは大抵とても美しい。テレビで見るかつての東欧、世界遺産になって特集される例えばクロアチアの景観など何とも言えない魅力がある。それに引き換え日本の街並みにはサッパリ感心しなかった。いたるところ蜘蛛の巣のように電線が張り巡らされているし、商業主義が産み出す建造物などの無秩序な様にはうんざりしていた。

ところが外国から来た人は一様に、「日本は美しい」という。私には信じられなかった。そして先日、車で田舎道を走っているときに「あぁ、このことだったのか」と今更に気が付いた。

緑である。青田を埋め尽くす稲穂、畑の緑、そして山々の緑、英国流のガーデニングなどしていなくても、家々には何かしら植木が育っており、玄関先には鉢物が置いてある。青空が広がり、その下ではるか遠くまで緑が充満するこの国の景色、迂闊にもこの美しさに私は気づいていなかった。大袈裟かもしれないが、これは人工の美醜など問題にしない圧倒的な美しさである。

2016年08月30日

視力検査

昨日、眼科の定期検査のため病院に行きました。診察室の前室に入ると、高齢の男の人が視力測定を受けていました。輪のどこが切れているかを言い当てる例の検査です。その方、「上!」、「右!」、「下!」などと元気よく答えて順調だったのですが、そのうちだんだん輪が小さくなりました。しばらく画像を見つめて発したのが「マル!」「あっ、マルじゃなくてマルのどこが切れているか言ってください」と看護師さん。するとその方はさらにじっと輪を見つめ、決然と「どこも切れてないらぁ」
私は思わず笑ってしまいました。因みに「・・・らぁ」は静岡特有の方言で「・・・でしょう」くらいの意味です。

2016年09月07日

きのこ狩りをしました

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今年は初出動が遅くなりましたが、やはり山の茸が気になって落ち着かないので、天気は悪そうでしたが行ってきました。奥へ、奥へ、いいトシしてこんな天気の日に行く自分に呆れつつ、でもやはり松茸の場所が近づくと脚はひとりでに加速しました。
でも出ていませんでした。誰かに採られたのかも。「やっぱりな」と呟いて気を取り直し、さらに登って今度はホンシメジ狙い。

「やっぱり」今度は大きな菌輪を描いて大発生しているホンシメジを見付けました。もう15年くらいお世話になっている私の秘密のシロ(キノコが発生する場所)。まだ幼菌が沢山あったので、当然ながら来週も行くつもりです。今度こそ松茸も。
台風16号、逸れてくれますように・・・。

2016年09月15日

大雨の中を・・・

台風16号は九州に上陸し各地に大被害をもたらしました。大雨警報が出ていてさすがに行くべきかどうか迷いましたが、現地に着いてひどければ帰ろうと決めて出かけました。朝5時半到着、降りしきる大雨は小雨になる気配もありませんでした。
ですが行ってしまいました。先週は幼菌だったホンシメジが大きく育っていることを想像するともう止まらなかったです。

ホンシメジがあるところは駐車場から歩いて直行しても2時間くらいかかりますが、途中でもあれこれ採るので4時間、ですが過去20年で最高の収穫を上げました。同行者が採った分をもし私だけが行って独占していたら、到底持ち帰ることができないくらいの量でした。ホンシメジは不思議な茸です。採っても採ってもどんどんドンドンその生息域を拡大しているのですから。「匂い松茸,味占地(しめじ)」と言われる素晴らしい茸です。私の考えでは、総合点でやはり松茸には少し負けますが、他を圧倒する名菌です。
因みに雨は終始降り続きました。川に入って数回潜水したのと同じくらい全身ずぶ濡れ、やはり自分は間違いなくクレージーだなと思いながら下山しました。

2016年09月26日

キノコ採り最終回

山に落ち葉が舞い始めるころ、キノコ狩りは終わる。落ち葉が降り積もると発生したキノコが見えなくなるというのもあるが、キノコの発生そのものもほぼ終わる。今年の里山はまだ落葉が始まっていないが、ゴミが散らかっていたり不法投棄されていたりする里山では、キノコを探す気にもならない。今年は今日でおしまいにしよう、そう思って出掛けた。今日採れたのはカタハことムキタケとウスヒラタケ、そして少しのヌメリスギタケモドキやナラタケ。いずれも樹上性の種類である。したがってあの嫌な嫌なセシウムの健康被害は心配いらない。9月は来る日も来る日も雨、そして高温で紅葉も今一つ。ナナカマドの透き通るような赤、ダケカンバの鮮やかな黄色などは期待できそうもない。だけどそれは山のせいではない。ありがとう、そして来年のシーズンまでさようなら!

2016年10月19日

「修行」しました

蕎麦にとって天ぷらは出会いものといっていいほどの料理であるのに、わからないことが多かった。先日ある知己を得て、料理のプロ中のプロに、天ぷらの揚げ方を教えていただいた。かつての一時期は宮内庁で皇族方の食事を作っていらした人で、私より高齢であるが、今もって意気軒高、人に料理を教えることに全精力を傾ける。50年以上この世界でざまざまな経験を積み、和食からフレンチ、中華、イタリアン、そして製菓まで何でもできる、まことに驚くべき人。出来上がったものはどれもこれも素晴らしく美味い。

葛飾区のさるところ、広い敷地を有する家に生まれ、小学生のころ既に料理に目覚めた。調理人になると伝えたら、親は激怒、ついには勘当されてしまう。ご自身はとても温厚な方なので、時に傲岸不遜と評される点で似ていないが、仮に「魯山人のような」というと、ご本人は「見当違いだよ」と仰るかもしれない。あれこれ話を伺っているうちに、優れた料理人はもう生まれつきその才に恵まれているのだ、と思えてきた。才とは寝ても覚めても努力できる才能のことである。

私には師匠はいない。だから著名料理家がものした指南書を読んで、その通りにすればいいのだろうと考えた。でも一度もやったことがなかった天ぷらは特に難しそうだった。そもそも高温の油が怖かった。

有名天ぷら店の揚げ方の真似をすれば良いのではと思っていたので、友人の料理店主が紹介してくれた指南書を求め、今までやってきた。使う材料からして違っていることには思いを致すこともなく。

天ぷらはやはり高度に熟練した技がいることがわかった。だから今後すぐに当店の天ぷらが進化することはありえないが、教わったことを忘れないようにして修練したい。

2016年11月07日

魯山人の「味道」という本を読んで

魯山人は美味しいものを食べること、つまり美食を、芸術にまで高めることに生涯をささげた巨人であろう。音楽は聴覚を通して、絵画は視覚、彫刻や陶芸などは更に加えて触覚を通して人を喜ばせ、人を深化させる芸術。人を喜ばせるのが芸術とするなら、料理は、人に五感すべてに作用して人を喜ばせると言える、魯山人はそう思った初めての人ではないだろうか。

美味しい料理は、まず味覚に訴える。美しい器に感性豊かに盛られた食べ物は視覚を、かぐわしい香りは嗅覚を、口当たりや歯触りは触覚を刺激する。さすがに聴覚は関係ないだろうと思えるが、「数の子の美味しさはプチプチと耳に届く音」とその本にある。何と人の五感すべてに及ぶ。このような「芸術」があるとは私には及びもつかないことだった。彼は料理に始まって陶芸、絵画、書、篆刻そして著述にまで飛びぬけた才能を発揮する。単なる食通などではない。彼の著作には食について、良寛だとか孔子の著述からの引用がある。きっとものすごい読書家であり勉強家だったのだろう。もう驚くばかりである。

あるシェフは美味しいものを口にすると鳥肌が立つという。才能あるシェフは、美味なるものに身体が反応するのだろう。こういう人が努力して才能を開花させると一流のシェフになるのだ。魯山人は、美味しいものを感知する並みはずれて優れたセンサーを生まれつき持っていたのだろう。

 

2016年11月09日

農作物の出来が悪いようです。

今年は台風が日本列島に立て続けに襲来し、一つは北海道を直撃、東北でも強い台風が多大な被害をもたらし、岩手では介護施設の大勢の方が亡くなられました。日本一の蕎麦の大産地、北海道では長雨で蕎麦の出来が思わしくなく、特に大産地の十勝地方では全滅に近く、他の地域でも3割減、北海道全体として例年比5割程度の収穫量たったようです。東北も大産地なのですが、どこも最悪に近いらしく出荷のしようがないところもあるとか・・・。最近当店でも始めたぜんざいも、北海道産の大納言小豆の出来がとても悪い、だから仕入れしないというお店がありました。
静岡ではかの地ほど悪くないようですが、何も飲食店だから言うわけではなく、人間が生きるのに不可欠な農作物はこれから先いったいどうなっていくのだろうかと心配しています。
今週から福井県産の蕎麦粉を使います。やはり台風などの影響でよい年の品質にまで行かないかもしれないと業者はいいます。北海道、東北が思わしくなく、これで頼みの福井県産も今一つなら、蕎麦屋としては暗い気持ちになります。

2016年12月01日

アメリカの新大統領

自分は、本当に、世界情勢や政治に疎いなぁと思い知らされた一年だった。今年起こった大きな政治上の動きは、結果において私の予測といずれも真逆だった。一つは英国のEU離脱、そしてトランプ氏の当選である。
ロシアの大統領、中国の国家主席、みんな強い。そういえば我が国の総理大臣もなかなかである。
アッと思うようなことを言ったり掲げたりする人、強烈な言動や個性を持つ人が国のリーダーになっていく。でもこの人たちは、進歩的勢力、所謂革新勢力かというと実はそれぞれの国の保守本流にいる人たちでは?
グローバル化が進み、人やモノの出入りが急速に進んだ結果、こんなはずじゃなかった!という事態が次々に起こっている。中には衰退する産業もあり、経済も停滞、代わりにテロを含めて社会不安が増大したりしている。もうグローバル化は良し悪し、とりあえず自国の利益を優先する方向に舵を切っていこうとなり、それを実行するだけの力強いリーダーがもてはやされるのではないか。ところでアメリカ、ロシア、中国、みな軍事大国である。強力な軍事力を持つ国に、自国の利益を最優先するリーダーが登場すると、我が国はどうなっていくのだろうか?

2016年12月01日

1年を振り返って

今年も残すところあとわずかとなりました。お越しいただいた方をはじめ、多くの皆様に大変お世話になりました。夏梅木が何とか無事に過ごすことができましたことは、全くもって皆様方のおかげであり、深く感謝申し上げます。顧みますと色々な新しいメニューを作ってはみたものの、その大抵はさっぱりで、ほどなくして消滅、そんな1年でした。(でも確か昨年も一昨年も、その前もそうだったような気がします。)今年になって始めたことがいくつかあります。二年前に営業日を全面的に変更したのですが、いくつかの飲食店紹介サイトに、以前の営業日が記されており、混乱とご迷惑をきたしておりました。(当店から掲載を依頼したことは全くないのですが、どういうわけかネット上に出ているのです。どうやって当店の存在を知ったのか、全くの謎です)それで自ら発信するしかないと一念発起し、このホームページを作りました。知識のある方には簡単でも、なかなか難しかったです。今年3月から予約制で夜の営業を始め、思い切って電照看板も設置いたしましたが、実際に夜に営業した回数は、多分日本一、少なくとも静岡県一と言っていいくらい少なかったのではないかと思います。また今まで営業日が大晦日にあたったことがなかったので、大晦日に営業するのも今年が初めてですし、年越蕎麦の販売も初めてです。
それでは皆様、良い年をお迎えください。

2016年12月27日

春になりました

あちこちで桜のつぼみがふくらんできました。近所にソメイヨシノに先だって咲く枝垂れの桜がありますが、その様子からすると当地ではおそらく3月の末に花見ができることでしょう。何も語らないのにこれほど多くの人をひきつけ、魅了し幸せにする桜という植物、考えてみれば本当に偉大なものです。

近くを流れる大場川の土手に無数の土筆(ツクシ)が出ています。でももう採取の適期は過ぎました。代わりにカンゾウを採ってきます。天ぷらにするととても美味でお客さんにも喜ばれます。大きく育ってしまうと筋っぽくなって食べるには適しなくなりますから、10センチくらいのが良いと思います。皆さんの近くに川が流れていれば土手を歩いて探してみてください。その際は犬の散歩コースにならないところ、つまり斜面のを採ることです。理由はお判りでしょう。

冬場は毎日のように見えていた富士山は春の霞に隠れることが多くなってきました。雲や霞に遮られて一部しか見えない富士山もいいものです。丸見えより良いくらいかも。雪解けが始まっていたのに、昨日までの寒波で新たな雪が麓まで覆いつくしました。まるで冬です。

春のことを英語でspringというのは誰でも知っていることですが、私は中学生のころ、この単語に泉とかバネとかまた飛び跳ねるなど、一見無関係に思える意味があるのが不思議でした。そういえば確かこの語には「始まり」の意味もあったような。日本では企業も学校も4月が始まりですが(学校が3月に終わるので企業などの4月始まりは必然、というだけのことでしょうが)、欧米各国でspring が始まりではなく秋の9月始まりが優勢なのはなぜなのでしょうか?

さて日本では4月始まりが健在ですが、学校の9月始まりはいくつかの点でとても理にかなっているとも思います。一番の理由は高温多湿の夏が年度の途中にあるのを避けられるからです。

2017年03月25日

安曇野に行きました

10月末、信州旅行をした。最初は駒ケ根市にいき中央アルプスの千畳敷カールまでは楽ちんのケーブルカーで、そこから宝剣岳の稜線まで登った。既に登山道は凍っており意外に時間がかかった。宝剣までと思ったが、途中濃い霧が出てきて、この山は危険なところもあるので断念した。凍っているため下りも時間がかかった。

友人が安曇野の住んでいるので長野道を北上、松本を越える頃、北アルプスの北部の峰々、餓鬼岳や爺岳、鹿島槍がうっすらと冠雪しているのを見た。富士山がまだ冠雪していなかったので、ちょっとびっくり。

友人はとても元気そうで再会を互いに喜んだ。泊めてもらった次の日は、ちひろ美術館を再訪した。以前はあまり興味がなかった人だけど、今ではやはり天才なのだと思っている。お昼は安曇野で指折りのひとつとされる蕎麦屋さんに行った。友人は別のお気に入りに行きたかったのだが、生憎その蕎麦屋さんは定休日だった。ここもまぁまぁいいと思うとのこと、で、行って見たらとても素晴らしい。私が今まで訪れた蕎麦屋さんの中でもベストスリーだと思った。どのメニューにも、安曇野の天然水を使った水蕎麦を小鉢に入れて付けてある。麺体の美しさと味に自信がなければやらないことでは?手打の技術は抜群、しかも盛り付けなどもこだわりが感じられる。彼我の差は大きいと脱帽した。

友人宅の周囲は森なので、一緒にキノコ探しをした。今年の信州の茸類は超が付く不作で、マツタケは10分の一、雑茸さえないと地元の方はこぼしていた。時期が遅いこともあってやはり少なかった。テングタケの仲間(多分、毒)や小型の個体をいくつか見たが、夜来の雨に濡れているので鑑定はできなかった。食菌は殆どなかった。晩秋と言えばクリタケかなと探すとやはり出ていた。他にはヌメリイグチくらい、スッポンタケが群れていたのには驚いたが、これは処理に要領がいるので、見るだけにした。

帰路、「ハイジの里」という如何にも信州らしい農協の直売所でリンゴなどをお土産に買った。こちらでは売っていないような珍しい種類もあった。そこでもクリタケが売られていたので、2パックをお土産にした。

新緑の信州と紅葉の信州、どちらも素晴らしい。静岡の沿岸部や伊豆にはにはない景観であり風情である。信州の景色を静岡で味わうなら、南アルプス(赤石山脈)の奥深いところまで行かねばならないが、あちらでは日常の風景、うらやましいと思う。

2017年11月08日